薬剤師資格を条件としたうえで未経験OKの医療関連会社の求人に応募し、中途採用された。
3か月の試用期間満了前に、会社は、あなたを即戦力として雇ったにもかかわらず、3か月間の試用期間中の訓練によっても期待した独り立ちできる水準に達していないとして、退職勧奨をしてきた。
退職勧奨を拒否すると一方的に試用期間延長を言い渡され、週に1回、指導を名目とした上司との面談が組まれることになった。
この面談が苦痛でいっそのこと辞めてしまいたいとの相談があった。
そもそも、試用期間の延長は、就業規則などで延長の可能性およびその事由、期間などが明定されていないかぎり、試用労働者の利益のために原則として認められない。
解約権留保付き労働契約と解される通常の試用関係においては、解約権が行使されないまま試用期間が経過すれば、労働関係は留保解約権なしの通常の労働関係に移行するのが原則であるからである。
ただし、本採用を拒否できる客観的な事由がある場合にそれを猶予する延長は、試用労働者の利益になることから、認められうる(雅叙園観光事件・東京地判昭60年11月20日)。
したがって、本件で問題とされるべきは、当初の3か月間の試用期間満了時点で本作用を拒否できる状態、すなわち、留保された解約権の行使が許される場合であったか否かである。
留保解約権の行使は、通常の解雇権の行使と同様に、解約権留保の趣旨・目的に照らして、客観的に合理的な理由が存し、社会通念上相当として是認されうる場合にのみ許される。
具体的には、「企業者が、採用決定後における調査の結果により、または試用中の勤務状態等により、当初知ることができず、また知ることが期待できないような事実を知るに至った場合において、そのような事実に照らしその者を引き続き当該企業に雇傭しておくことが適当でないと判断することが上記解約権留保の趣旨、目的に徴して、客観的に相当であると認められる場合」(三菱樹脂事件・最大判昭48年12月12日)である。
本件は中途採用であるところ、会社の提示した採用条件は、一定の資格(薬剤師資格、TOEIC800点以上)の保持のみであり、経験の有無は問わないというものであった。
その意味では新規採用と似た側面がある。
したがって、会社のいう即戦力とならないという理由は、それだけでは、留保された解約権の行使として許される範囲とは言い難い。
さらに試用期間の延長が退職勧奨とセットで提示されたことは、会社が留保された解約権を行使した場合に解雇事案として法的に争われるリスクを回避する目的で、労働者の自主的な退職をうながすための手段として試用期間の延長が持ち出されたことが窺われる。(直井)
この4月に入社したが、業務中に受けたケガのために1か月もたたず4月末日付の退職に追い込まれた保育士から相談があった。
入社早々の保育業務中に受けた腕のケガが当初思ったより重篤であった。
安静必要との診断書を提出のうえでの自宅療養中に労災申請や病気休業について上司に電話で相談したところ、園長からお話があるといわれ5月の大型連休に入る直前の4月28日に職場へ出頭することになった。
案内された会議室には、園長、副園長、事務長に加えて保育園の運営主体の責任者も出席し緊張している雰囲気であった。
園長からは、あると思っていた休業や労災申請手続きの話ではなく、唐突に相談者の職務態度の問題点を指摘され、相談者が返答にとまどっていると、ようやくケガの話題に移り、いきなり「いつから復職できるか」との話となった。
相談者は、まだ検査中で確定的な診断がつかない状態だと説明すると、それでは園は困る、保育園は現場の職場なのでケガが直らない状態では働かせる部署がない、と言われた。
さらに「いつから現場に戻って働けるのか?」と繰り返し質問されているなかで、相談者が、「腕が直らないということになったら、家族とは退職も考えねばならない」との話もしていると話した。
園側は間髪を入れず、「辞めるんですね。」と反応して、「いつにしますか?」、「今月いっぱい?それとも来月いっぱい?」、「引き継ぎが必要な事項はあるのか?」、「勤め始めてからまだ1か月も経過していないのだから、労災は認められるはずはないし、来月まで延ばしても休業補償給付金はでないだろう」、「明後日(4月30日)の今月末がいい」など、相談者が口を差し挟む隙を与えない状態で、園側の3人が相談者の退職を前提に話を一方的に進めていった。
相談者は、「待ってください。持ち帰って家族と相談したい」と何度も口を挟んでも、「試用期間中はいつでお辞めさせることができる」、「いつ退職とするかは園側が決めることだ」などといって、取り合ってくれない。
四面楚歌の相談者は、頭が真っ白となり、ここで抵抗しても無駄だ、私の話は何も聴いてもらえない、一刻も早くこの場を離れたい、この場から解放されたい、との一心から園側がその場で作成した「一身上の都合による退職願い」に署名した。
どんなに退職届(願い)への署名を迫られても、「持ち帰って家族と相談をしたい」とその場での署名を避けたうえで、早急に専門家へ相談をというのが退職勧奨にかかる労働相談が勧めるセオリーである。
そこには一旦署名をしたら終わりだという前提があるようだ。
でもその前提は正しいのだろうか。
対等な市民間の契約関係を規定する民法の規定によれば、自由な意思によらない意思表示は取消すことができる(民法95条、民法96条)。
労働契約関係においても同様である。
否、使用者との関係で経済的弱者である労働者保護の立場から一般的な契約関係以上に労働者の自由意志は尊重されなければならない。
本件においても、一旦署名してしまった退職願いではあるが、その有効性は法的には十分に争い得るとアドバイスした。(直井)
コロナ禍による業績不振を理由として、①賃金の大幅な減額を伴う本社管理部門から店舗のスタッフへの異動を提示され、それが嫌なら、②自己都合退職してもらう、どちらかを選択して欲しいと社長からいわれた。
どう対応すれば良いのか、との相談があった。
会社から、①労働条件の不利益変更を受け入れるか、さもなくば、②自主退職か、との二者択一を迫られたとの相談は少なくない。
二択を迫られた従業員は、自らが採りうる選択肢が会社の示した二択以外にはないと思い込み追い込まれる。
突然の宣告に頭が真っ白となり、労働条件の大幅な切り下げは受け入れ難いため、その場で会社が準備した退職届けに署名してしまう例も少なくない。
会社の思う壺である。
そもそも、会社が一方的に提示した二つの選択肢のどちらかを選択しなければならない法的な義務は従業員にはない。
法的には、どちらも断っても、従前の内容の労働契約が継続するだけだ。
契約内容(労働条件)の変更は当事者の合意で成立するものだからだ。
従業員側から給与の減額幅の縮小や退職条件(退職金の増額)の提案など第三の選択肢を逆提案することも許される。
もっとも、合意解約ではなく、解雇ならは使用者が一応は一方的に行える。
しかし、解雇が法的に有効であるためには、「客観的に合理的な理由」「社会通念上相当」など厳格な要件が法(労働契約法16条)に定められている。
また、会社が解雇(会社都合退職)を避け自主退職(自己都合退職)にこだわる理由には、法的に争われるリスクの回避とは別に、雇用調整助成金など各種助成金の申請上の不利益を避けるためという事情もある。
どちらも受け入れがたい二択を会社から迫られたら、その場での回答は留保して、弁護士、労働組合(ユニオン)など労働問題の専門家に相談することをお勧めします。(直井)
3年前にリストラ退職勧奨を断って以来、2度の転勤や最低評価の人事考課が続いたことによる減給、些細なミスを大袈裟にしての叱責、廻りにアイツはダメなやつだと言いふらすことなどの陰湿な嫌がらせが絶えない。
少しでも嫌がらせをやめさせることができないかとの相談があった。
相談者が弁護士に相談したところ、法に触れないように慎重に考えた上での意図的な組織ぐるみの嫌がらせと考えられること。
悪質ではあるが、法的な対応は難しいとのことであった。
そこでユニオンの団結の力で多少なりとも会社を牽制できないかと期待しての相談であった。
社内のいじめ退治の一番効果的な方法は職場に愚痴をいえる仲間を作ることです。
しかし、社内に何の足場のない社外の組織であるユニオンにはそのようなお手伝いは難しい。
また、不当解雇などの個別的労働紛争を主に取り扱う小規模なユニオンは、会社との交渉において、労基法、労働契約法など労働法規を交渉の武器として会社の違法不当な行為を攻撃するのを常とする。
不当ではあるが違法とまではいえない社内の陰湿な嫌がらせ退治についての団体交渉は困難だ。
嫌がらせ行為が違法と評価されるほど強く明確なものならば、裁判を見据えて強い態度で団体交渉に臨むことができる。
そうでない場合、社内においては当該一人の組合員のみを組織するにすぎないユニオンは職場内での団結の力の裏付けを欠く交渉を強いられることになる。
ユニオンはしばしばその組織力の弱さを補う補完的な闘争手段としてマスコミを味方につけ、当該個別案件を社会問題化して闘う手法をとる。
会社が著名な大企業であるとか、違法行為が世間の目を引くものであるときは有効であるが、本件相談には不向きだった。
会社が法に触れないように注意して行う陰湿ないじめ行為については、団体交渉をしても、そのような事実はない、人事権の範囲の行為だ、上司による適法な指導だ、などと言い逃れられると、追求に詰まってしまうことが多い。
なお、改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法)が2020年6月に施行される(ただし、中小企業は2022年4月施行)。
しかし、同法は、端的にパワハラを違法行為として罰則をもって禁止するものではなく、苦情などに対する相談窓口の整備などパワハラ防止のための雇用管理上の措置を企業に義務づけるものに過ぎないことから、この法律が施行されても直ちに本件相談者の希望にそうことは期待できない。(直井)
このままだと解雇となる、解雇されると転職に不利となる、会社はあなたのことを考えて自主退職を勧めているのだ、と人事担当者から勧奨退職に応ずるように執拗な説得を受けているとの相談があった。
会社が何らかの理由で辞めて欲しいと考えている従業員に対し、いきなりの解雇の言い渡しを避けて、退職勧奨を実施することはままある。
横領など懲戒解雇必至の事故を起こしたなど、具体的な心当たりがある場合ならば、自主的な退職の機会を付与する退職勧奨は会社の配慮といえる。
しかし、自主退職を勧める理由として、あなたを配属させる場は会社にはないとか、職場とのミスマッチとか、能力不足など抽象的な理由を揚げる場合は会社の真意は別のところにあることが多い。
人事担当者の本音は、後日解雇が法的に争われるリスクの回避にある。
破廉恥行為が原因である懲戒解雇は別として、退職理由が解雇であることは必ずしも恥ずべき経歴ではない。
かりに、転職先で退職の経緯を尋ねられたら、正直に納得できない恣意的な解雇があった旨を説明すれば、分かってくれるはずだ。
それでも納得してくれないような会社はこちらからお断りすることです。
そのような会社では、同じことがまた起こる可能性がある。
転職先からの退職会社への照会に対し、正当な理由なく退職の経緯を話すことは、個人情報の漏洩やプライバシーの侵害にあたり、損害賠償の対象となる不法行為となります。
解雇をちらつかせての納得できない退職勧奨には、解雇を恐れず明確に断ることをお薦めします。(直井)